山と雪と写真のブログ


写真展のお知らせ

五月に、大阪の観心寺で行われた写真展「嗚呼版太平記 The urban Taiheiki」が東京、明治神宮武道場でも開催されることになりました。

 

こちらは5月の展示の模様。

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職人を尊ぶ国・Diggin Magazine Catalog 号

このタイトル、誰の言葉だか、わかりますか?

 

そう、昭和の国民的歴史作家・司馬遼太郎の言葉です。

  

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SEA TO SUMMIT 大雪 旭岳大会で登壇

 

二日目の環境シンポジウムにおきまして、パネリストとして、登壇いたします。

北海道在住の写真家のお二人に、大雪山とその大自然の魅力をお聞きいたします。

 

東川町は、写真の町。そして、日本有数の大自然を背後に抱える町です。

素晴らしい動物写真家、山岳写真家が生まれないわけがありません。

パネリストのお二人に、ネイチャーフォトにまつわる様々なお話を伺います。

 

イベント情報

開催日時:2018年8月18日(土)・19 日(日)[雨天決行]

開催エリア:北海道東川町 大雪山国立公園(モンベルフレンドエリア大雪山ひがしかわ)

環境シンポジウム(1日目):東川町公民館(農村環境改善センター) 

多彩なゲストをお招きして、人と社会と自然との共生をテーマに、アウトドア・アクティビティや自然環境保護について考えます。(環境シンポジウムはどなたでも無料でご参加いただけます)

定員(アクティビティ参加):300名限定

 

パネルディスカッション

「写真の町 東川町」で語る、若き写真家が見た大雪」

 

[パネリスト]

廣田 勇介

太田 達也

大塚 友記憲

YAMA Skiing in Japan 発売のお知らせ

 

YAMA Skiing in Japan」という

エッセイ写真集を発売しました。

 

海外が注目する“日本のバックカントリー・シーン”を日本語と英語の併記というバイリンガル・スタイルで紹介した本です。

 

書籍としての出版を、既存の日本の出版社さんにお話を数年に渡って続けましたが、

バイリンガルという性質上、販売経路が難しいということで、

どちらにもよいお話には繋がりませんでした。

 

そんな時、普段からお世話になっているアートディレクターの方から

お声がけいただき、二人だけで出来る範囲で、さらに面白いものを。

ということで、今回のキンドルでの発売とさせて頂きました。

 

十数年撮りためて来た、白馬、立山の写真を、

気楽でラフなエッセイとともに、お楽しみください。

 

ご購入はこちらから。

 

 

さっそくこちらのアウトドアジャパン誌の表紙に写真を使って頂き、インタビュー頂きました。

 

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書評・Diggin' Magazine 理由のない土地

年末なのに滑りに行けない葛藤を文字によって克服する滑り手応援企画・第三弾。

 

動画はおろか、写真すらない、

ライターの腕、文字という人類最古のコミュニケーションツールだけで勝負する時代へのレジスタンス。

 

 

今回はね、自分が書いた記事を自分で書評するっていう前代未聞のトライアウトです。

 

何故って? それは誰も感想言ってくれないからですよ!

(正確には編集長とインタビューさせてもらったライダー各位からは頂きましたけど)

 

 

 

さて、10月のある日、別件の取材で大山に行き、

その海と山の近さに魅了され、山の上で海の幸を食べるという、

焼肉屋で寿司をオーダーするような不思議なマッチングに魅了された私は、

帰ってきてからも、大山が気になって、気になって、

 

太平記を歩くという田中澄江が書いた本の大山に関するストーリーを、

四谷三丁目の交差点にあるなか卯で読んでいたんです。

 

そしてたら、突然、Diggin' Magazineの編集長から電話がかかってきて、

こういうんです。

 

Hey ユースケ、What's up 今ドコだい? ところで近々、ダイセンに行かないかい?

 

いや、正確にはこんなにフザけた言い方じゃなんですけどね。。。

この編集長はこういうラフな雰囲気で、時々とんでもない依頼をされるんです。

 

実はこの編集長とは、Diggin' magazineを創刊される前からの、とても長いつきあいで、

その始まりは、奇蹟とも呼べるような、こんな感じのはじまりだったんです。

 

2000年代のはじめに、南米アンデス山脈に滑りにいったワタシは、

それをどこかスノーボード雑誌に取り上げてほしくて、

ウエアを提供してもらっていたメーカーの担当の〇〇さんに、

 

Free run って雑誌の担当者、何方か知ってませんか?」

 

と聞いたのです。当時はまだパイプ全盛の時代で、

まだスロープスタイルも出始めたばかりの頃。

当然フリーライドやバックカントリーなんて言葉も日本では流通していない時代でして、

そんな中、アンデス山脈滑った記事を取り扱ってくれるスノーボード雑誌など、なかったわけです。

 

そんな中、Free run ならその名前からして可能性があるのでは?

と思ったワタシは、一縷の望み(いちるののぞみ)をかけて、

頼んでみたのでした。

 

そしたら、スノーボードを全くされないその〇〇さんは、

 

「お、知ってる知ってる、つい昨日話したばかりだよ。あそこは、そういうの興味あるから、バッチリだよ。

これこれここにいけば、こういう人がいるから、こういう風に頼めば、バッチリだよ」

 

と案外あっさり、掲載への道筋を示してくれました。

 

 

その後、その担当の方は、まだうら若き少年に、

コンコンと業界の慣わしを含め企画を持ち込む際の手順を親切テキトーに、指示してくれたのです。

 

そして、当日、喜び勇んで編集部に出向いていったわけですが、

予定の時間の五分前に到着して、お目当てのドアを探しあてたところ、

 

そこにはなんと、

 

「Snowing編集部」

 

とデカデカと書かれているではないですか。

 

 

参ったなー、どうしようかなー

でも、時間だし来ちゃったし、

 

Snowingなんてバリバリフリースタイルじゃん。

きっとこの人たちアンデスとヒルナンデスの違いもわかんないよー。

(嘘。ヒルナンデスは2011年より放送開始。)

 

 

とドアの前で独り悩んでいたのですが、結局時間になり、

 

 

まいっか、仕方ない。あえて気付かないフリ(AKF)してプッシュしよう、

 

 

とドアを叩いて、出会ったのが、当時からやり手の編集者として聞こえていた

現Diggin’ Magazine編集長なのでした。

 

そして、恐る恐る今回のトリップの内容を話したところ、

不機嫌そうな編集長の第一声は、案の定こうでした。

 

 

「うーん、〇〇さん、なんで俺んとこ紹介してきたのかなー」

 

 

ですよね~。

 

 

僕もなんで来ちゃったのか、わからないですよ~。

 

 

山では道迷わないんですけどね~、まだ社会に慣れてないもので、すいません~。

 

 

でもね、この編集長のすごいところは、

いくらそのストーリーがスノーボードのメインストリームから外れていたとしても、

 

そこに独創性とユーモアがある限り、

特集は組んでくれないけれども、

なんとか記事にはしてくれるんです。

 

この時もね、こんな感じだったんです。

 

「え?南米?アンデス山脈?6000m?赤道直下でも滑ったの?バカだね~」

 

 

そして、それから15年くらい後の10月、

 

 

「大山にさ、すんげえアプローチ遠いところから、わざわざ登って、いかついライン滑ってるヤツらがいるんだよ。

とにかく遠いんだよ。なんでわざわざあんなとこから登るのかわかんないだけどさ、

とにかくよくわからないから、話きいてきてよ。」

 

っていう同じノリで、今度はワタシにその「大山の凄いけど理由が不明なクルー

の生態調査の依頼をされてきたわけです。

 

(注・実際はもう少し、理路整然とこのクルーの偉大さを話してました)

 

 

 

ふー、時間になりましたので、続きは次回。 

 

(おそらく来年のUPになると思われます)

 

え? まだ本題に入ってないじゃん!?

 

 

でも、このクルーの大山へのトライの過程の長さに比べたらそんなこと言ってられないんすよ。

 

 

それくらい未知の道なんです。

 

 

 では、よいお年を。

 

 

YH